Se connecterそれどころか、前世の一条グループじゃ逆立ちしても手が届かなかった財界のドン・武藤会長に自分からすり寄って、なんかクソ難しそうな半導体の話をして、あっという間に気に入られてやがる。
俺にわからねえ話で盛り上がるなんて……生意気だ!
「おい、ふざけんなよ……! なんであいつ、俺をあんなゴミを見るような目で見たんだよ……っ!?」
計算が合わない。最初の第一歩から、俺の完璧な人生設計が狂っている。 結月が俺の言う通りに動いて、俺を輝かせるための奴隷になってくれないと、俺の素晴らしい計画がスタートしないじゃないか!
あいつ、マジで俺のこと置き去りにして、そのまま武藤会長と奥の談話スペースに行きやがった。
おいおいおい、嘘だろ!? こんな展開は前世ではなかった! 俺の最強の経営計画はどうなるんだよ! あいつが徹夜で書類直してくれないと、明日銀行に持って行けないじゃん! 確か俺が武藤に気に入られて、経営計画もってこいっていうから、結月に泣きついてなんとかしてもらったのに、このままだと話が違ってくる。なんとかしないと!「チッ、おい、そこを退け!」
周囲の連中の「何だあの泥臭い男は」というヒソヒソ声を無視して、俺は結月を追いかけた。 あ。そうか。俺の気を引きたくてやったんだな。あのまま武藤と仲良くなって、俺に紹介してくれるつもりなんだろ。そうかそうか。そういうことか! おい結月、ちょっとツンツンすれば俺が焦るとでも思ったか? 仕方のない女だなあ。 前世みたいに、俺が「君がいなきゃダメだ」って優しく囁いて、ハグ一発してやるしかなさそうだ。処女だったから、あっちの具合も俺好みに調教できて、最初はよかったんだけど、どんどんうるさくなっていったから、成美が戻ってきてからは彼女に夢中になったんだっけ。それでも甲斐甲斐しく俺の気を引こうとしていたから、適度に飴と鞭作戦でいくしかない。
モテる男も辛いぜ。
俺はネクタイを締め直し、ちょっとデキない男を演出して商談スペースの方へずかずか入っていった。
「なんですかあなたは! ここはVIPエリアですよ!」
ガードマンの制止なんか知るか。
俺の明るい未来(業界1位)がかかってんだ。早く俺の奴隷に融資の段取りをさせなきゃ未来がおかしくなるだろ。俺は夢中になっている結月の傍に行って、彼女の腕を掴もうと手を伸ばした。
ガシッ
しかし、それより早く俺の腕をものすごい力で掴む男がいた。
チッ、誰だよ邪魔すんな!!
「彼女になにか?」
男の顔を見た。
仕立てのいい漆黒のスーツを完璧に着こなし、彫刻みたいに狂気的なまでに端正な容姿。だけどその目は、触れたら一瞬で殺される猛獣みたいな光を放っている。
(な、んで……なんでこんな怪物がここにいるんだよ……っ!?)
俺は一瞬で理解した。 前世の一条グループが、どんなに逆立ちしても、どれだけ金を積んでも、絶対に勝てなかった政財界の絶対的支配者。 若き捕食者――諸星帝(もろぼしみかど)だ。自宅に戻り部屋に入った瞬間、どっと強烈な悪寒が襲ってきた。 俺は今、狭いマンションに一人暮らしをしている。親父のやつ、『世間を見てこい』なんて偉そうに言って俺を豪邸の実家から追い出し、こんな普通の間取りのマンションに住まわせやがって。 フン、俺の天才的な経営の才能に嫉妬して、帝王学のつもりで下積みをさせているんだろうが、見当違いもいいところだ。俺には前世の記憶(データ)があるんだからな。 鏡を見ると、仕立ての悪いスーツは泥と雨水で雑巾みたいにボロボロ。髪はベタベタに張り付き、顔色も最悪だ。できない男演出のためとはいえ、俺様がこんなスーツを着るなんて。最悪だ。もう捨ててやる! べちゃべちゃのスーツを脱ぎ捨て、ゴミ箱へ放り込んだ。スーツ代、親父に請求しよう。「くそ……頭がガンガンする。マジで風邪ひいたか……」 熱いシャワーを浴びて布団に潜り込むが、ガタガタと身体の震えが止まらない。熱を測ったら39度もあった。 前世の記憶があっても、ゲリラ豪雨の冷たさだけは人並みに食らうらしい。なんて不条理だ。「はぁ……はぁ……クソ、融資の書類も直さなきゃいけないのに、これじゃ何もできねえじゃねえか……っ」 前世なら、こんな時はいつも結月がいた。 俺がちょっと熱を出しただけで、あいつは顔を真っ赤にして慌てふためき、仕事なんか全部放り出して俺の看病にすっ飛んできたんだ。 俺のベッドの横で、徹夜で冷たいタオルを替えてくれて、俺好みの味付けのお粥をふーふーしながら食べさせてくれたっけ。 くそ&helli
「白峰さんッ! 僕の話を聞いてください!!」 狂ったように叫ぶ俺の前に、一瞬で諸星帝のSPたちが立ちはだかり、俺の胸ぐらを強引に掴んで突き飛ばした。 「ぎゃっ……!」 本日三度目の尻もち。しかも泥だらけの水たまりの中に着地した。 冷たい泥水がズボンに染み込んできて、最高に冷たくて不快だ。 リムジンのスモークガラスがゆっくりと下がり、中から諸星帝が、本当にゴミを見るような冷徹な目を俺に向けてきた。「まださっきの野良犬がうろついていたのか。不愉快だな。……結月、執拗に話しかけてくるが、知り合いか?」 帝の問いかけに、隣に座る結月は、窓の外でびしょ濡れになって這いつくばる俺を一瞥すらしなかった。 「さあ。どこのどなたか存じ上げませんわ。ただの、頭のおかしな人でしょう。……行きましょう、諸星代表」「……っ、あ、頭のおかしな人だとぉぉおおお!? 誰がおかしな人だコラァァアア!!」 絶叫を上げるが置き去りにされ、リムジンは静かに、けれど圧倒的な速度で走り去っていった。 泥水を盛大に浴びせかけられ、俺は顔中泥まみれになりながら、暗い夜の路上でガタガタと震えた。 「クソ……クソクソクソ! なんでだよ! 前世のイベントなら、ここで結月は俺に惚れるはずだろ!?」
「んだよ、クソハゲデブが!!!!」 俺は高級外車に乗り込んでいく肥後の後ろ姿に向かって、中指を立てて怒鳴り散らした。 突き飛ばされた尻が再度じんわりと痛む。クソ、武藤のジジイといい、この肥後のハゲといい、財界の重鎮のくせに俺という未来の天才投資家を見抜けないなんて、どいつもこいつも目が節穴すぎるだろ! 「……チッ、見てろよ。あと30分もすれば、俺に土下座して縋り付いてくるに決まってる」 俺は汚れたスーツのポケットからスマートフォンを取り出し、画面に表示されたデジタル時計を睨みつけた。 現在時刻は、レセプション会場を叩き出されてから少し経った頃。 前世の記憶(データ)は完璧だ。 この日の夜、このレセプション会場の外で、突然のひどいゲリラ豪雨が降ってきたんだ。 傘も持たずに困っていた結月に、俺が「これ、使いなよ。俺は平気だから」って、自分の仕立ての悪い安いジャケットを傘代わりに差し出してやったんだよな。そしたらあいつ、顔を真っ赤にして「……ありがとう、陽太さん」なんて、一瞬で俺に落ちたんだ。 これは、女をハメ落とすための完璧な神イベント。 なぜか今世では、結月があの諸星帝とかいうバケモノに引っかかって違うルートに突入しちまってるけど、雨が降るっていう『気象データ』そのものが変わるわけねえだろ。 「フン……29分、28分……よし、きっちりタイムウォッチで測ってやる」 俺は会場の入り口から少し離れた街灯の影に隠れ、腕組みをしてその時を待った。 レセプション会場の煌びやかなガラス窓の奥では、今頃結月が諸
その頃、レセプション会場の外。夜の冷たいアスファルトの上。 SPたちによって無残に放り投げられた一条陽太(おれ)は、泥だらけのスーツのネクタイを乱暴に締め直しながら、どす黒い執念を滾らせていた。 「クソッ、ふざけんなよ結月のくせに……! 俺の完璧な人生設計を狂わせやがって……っ!」 前世の記憶はある。あいつが俺を業界3位に押し上げた経営計画書の中身だって、おぼろげだが頭に残っているんだ。結月さえ俺の奴隷に戻れば、一条グループはすぐにでも業界トップへ駆け上がるはずなんだ。 結月のいるパーティー会場を呪わしげに睨みつけていると、そこから不機嫌そうに出てきた一人の男が目を留めた。大手商社の重役・肥後だ。彼と目が合った。「あんた、さっきVIPエリアで白峰の小娘に掴みかかろうとしていた男だな。……何者だ?」 肥後の目が、品定めするように俺を舐め回す。 天才の俺はピンときた。脳内に前世の『知識』が強烈な火花を散らしたんだ! (そうだ、肥後の会社は今週、アフリカの希少金属に巨額投資をして、大損するはずだ……!) よし。こいつのピンチを救ってやって、俺の手駒にしよう。 肥後に向かってずいと一歩踏み出した。武藤会長にはかなり劣るが仕方ない。まずは小物でもこちらの味方につければ、使い道ってもんがありそうだし。 「肥後常務。御社が進めるアフリカの投資、あれ、大損するからやめたほうがいいですよ」 せっかく安く手に入れた金属だが、盗品や純度がめちゃくちゃで違法だったから、監査法人にバレて没収されるんだ。俺はそのことをよ~く知っているんだ。なんせ、前世の記憶持ちだからな。勝ち組様ってわけよ。「は? なにをいきなり」 しかし思い切り怪しまれている。くそっ。こうなったら奥の手だ!「常務。今、晴れていますよね?」「ああ、そうだな」「今からきっちり30分後、雨が降ります」「まさか」 せせら笑われた。 笑ってられるのも今のうちだ! この日のことはよく覚えている。雨が降ってきて結月を庇ったらアイツが俺に惚れたんだ。 そういうイベントが起こる日だったのに、なぜか違うルートに突入している。 どこかで軌道修正しなきゃな。まあ、多少の誤差ってことで。「賭けませんか? 大損したくなけりゃ、俺の言うことを聞いた方がいいですよ」「ふん
「条件?」 思わず聞き返すと、帝は私の顎に添えていた指先をゆっくりと滑らせた。 触れ方は驚くほど丁寧なのに、その奥にある意志は少しも優しくない。獲物に傷をつけないよう、檻へ 入れる手つき。そんな危うさがあった。 「ああ。君のその素晴らしい頭脳も、その美しい身体も、すべて俺の管理下に置く。さっきの男のように白峰の名に群がる虫けらどもは、俺がこの手ですべて叩き潰してやる。その代わり、君は俺以外の男に、その目を向けないことだ」 まるで新規事業の買収条件でも告げるような、冷静で整った声。 けれど、彼の瞳の奥にあるのは理性ではなかった。 深い夜の底で燃える青い炎のような、狂気的なまでの独占欲。 私という人間を守ると言いながら、その実、私の呼吸も視線も未来さえも、自分の所有物として囲い込もうとしている。 それがわかるのに、不思議と嫌悪だけでは終わらなかった。
「さて、値踏みの時間だ、白峰結月。君の価値ある話を聞かせてもらおう」 失礼な物言いとわかっていながら、彼はそう言った。帝は手にしたグラスをバルコニーの欄干に置くと、私の逃げ道を塞ぐように一歩、足を進めてきた。 大柄な彼の影が私をすっぽりと覆い隠す。 普通の令嬢なら気絶しかねない捕食者のプレッシャー。 でも私は微動だにせず、その漆黒の双眸を見つめ返した。「出し惜しみはいたしませんわ。諸星代表、あなたが今、裏で極秘に進めている『半導体材料事業への一斉投資』3年後、供給断絶が起こるとあなたは考えていらっしゃる。だから、材料を握る者が世界の供給網を制する――という私の予測、どこまで当たっています?」 帝の目が一瞬で鋭利なガラスのように尖った。「……社内のごく一部にしか開示していない国家レベルの極秘案件だ。なぜ君が、未来の供給網断絶まで見抜いている?」「簡単なことですわ。今のままこのデジタルブームが終わるとは思えません。となれば、今は飽和なものでもいずれ足りなくなる時期が来る。メモリーなどの在庫入れ替えは4年毎のサイクルで動いています。周期がずれ込めば、供給不足になるでしょう。それが3年後に起こると私は予想いたしました。もう、いい会社に目星をつけておりますの」 帝は鋭い眼光を崩さず私を見つめている。臆せず続けた。「ひとこと助言をお伝えいたしますわ
※「——結月さん? 白峰結月さん、聞いていらっしゃいます?」 名前を呼ばれて私は目を開けた。 まず飛び込んできたのは、まばゆいシャンデリアの光だった。磨き上げられた大理石の床。氷とグラスの触れ合う澄んだ音。着飾った人々が交わす華やかなざわめき。香水と、生花と、上等なワインの匂い。 冷たい安アパートの天井ではなかった。胸を焼く痛みもない。 視界を落とすと、手が映った。それは——細く、白く、傷ひとつない若い指が、シャンパングラスを握っていた。 鏡張りの壁に映った自分の姿に私は息を呑んだ。そこに立っていたのは、二十二歳の私だった。 すべてを奪われ、たった一人で死んでいったはず
志田成美、彼女は陽太がまだ何者でもなかった学生時代に、ただ一人本気で恋をした女。 そして、彼の前から黙って姿を消した女だった。 彼女は、儚げな人だった。私とは何もかもが正反対の。守ってあげなければ今にも壊れてしまいそうな、潤んだ瞳。風が吹けば飛んでいきそうな、頼りない肩。陽太は成美を前にすると、人が変わったように優しくなった。まるで、置き去りにしてきた青春を、もう一度やり直そうとするみたいに。 成美が「経営のことは、私、何も分からなくて」と困ったように睫毛を伏せれば、陽太は嬉々として手を差し伸べた。私が十年かけて整えてきた会議の段取りを後回しにしてまで、彼女のために時間を割いた。
「はぁ……」 私はため息をついた。 天井のしみを、もう何百回数えただろう。 白い天井に走る、雨漏りのあとのような薄茶色のしみ。三つ、いや四つ。数えるたびに増えていくような気さえする。かつての私なら、こんな安アパートの天井を見上げて死ぬ日が来るなんて、想像すらしなかった。 白峰結月(しらみねゆずき)。白峰ホールディングスの一人娘として生まれ、何不自由なく育った。海外の大学で経営学を修め、二十代の半ばで財閥の中核事業を任され——そして三十を過ぎた今、私は、すべてを失った。 医者は、過労と慢性的な栄養失調が重なったのだと、淡々と告げた。笑ってしまう。財閥令嬢として生まれた女が、その日の食
前世の記憶の中にある帝は、常にテレビの向こうか、あるいは雲の上の経済界の頂点で冷酷に微笑んでいるだけの存在だった。一条グループがどんだけ背伸びしても、挨拶すらさせてもらえなかった本物のバケモノ。 そのバケモノが、今、俺の目の前にいて、信じられない力で俺の腕を掴んでいる。